市場の現状:
5Gや6Gの普及、さらには衛星通信の台頭によって通信インフラが高度化するなか、IoTデバイスや産業機器だけでなく、スマートフォンやSNS、各種アプリケーションから得られる膨大な個人データがリアルタイムで収集・分析されるようになってきています。これにより、位置情報やライフログ、購買履歴、学習履歴、ゲームやSNS上のアクティビティなど、多角的なデータが統合され、従来の枠組みを超えた新たなサービスが次々に生まれつつあります。
実際、IoT Analyticsの調査では、2021年時点でグローバルのIoT市場規模が約3,845億ドル(約38兆円)と推定され、2030年までには1兆ドル(約100兆円)を超える成長が見込まれています。この数値は主にモノを対象としたセンサーネットワークの拡大を指していますが、同時に私たちのスマートフォンやウェアラブル機器、各種オンラインプラットフォームから得られる個人の行動履歴や嗜好データも含めれば、さらに巨大な市場機会が広がっているといえます。5G/6Gや衛星通信により、通信環境が地理的制約から解放されれば、都市部だけでなく、地方や新興国、遠隔地においてもデータの収集・利活用が本格化するでしょう。
世界のモバイルデータトラヒックの予測(デバイス別)
出典:総務省(Ericsson“Ericsson Mobility Visualizer”2を基に作成)
こうした社会のデータ化・高度化が進む背景には、クラウドやエッジコンピューティングの成熟によるリアルタイム分析の普及が挙げられます。膨大なデータを瞬時に処理・学習し、あらゆる産業の現場や消費者向けサービスへフィードバックを行うことが可能になれば、サプライチェーンの最適化や個別最適化されたヘルスケア、レコメンドエンジンの高度化など、多岐にわたる分野でイノベーションが促進されます。
総合的に見れば、IoTと個人データの融合は単に技術分野の発展だけでなく、産業構造の大変革や社会全体のデジタルトランスフォーメーションを加速させる大きな原動力となっています。5G/6Gや衛星通信といったインフラの高度化は、より多くの人々が経済活動やサービス利用においてデータの恩恵を受ける可能性を広げ、グローバルなデータ市場規模は今後も著しく拡大し続けると予想されます。企業や研究機関、スタートアップは、これらの変化を的確に捉え、技術面と制度面の両輪で課題をクリアしながら新たなビジネスモデルを生み出していく必要があります。
既存ソリューションの問題点:
近年、個人の行動履歴データは、SNSや検索エンジン、ECサイトなどのプラットフォーマーを通じて急速に蓄積・分析されてきました。たとえば、GoogleやMeta(旧Facebook)、Amazonといった大手企業の市場シェアを見ても、デジタル広告のグローバル市場規模(約6,000億ドル超/2022年時点)の大半をこれら数社が占めているとされます。こうしたプラットフォーマーは膨大なユーザーデータを独占的に収集し、高度な分析を行うことで広告事業や新サービス開発で大きな利益を上げている一方、データを提供するユーザー自身には十分な対価やコントロール権が与えられていないケースが依然として多いのが現状です。
また、物理インフラの側面でも、通信や物流、エネルギーなど重要インフラが少数の大手企業によって寡占化されると、利用者の選択肢は限定されます。たとえば、通信業界では特定の大手キャリアが基地局や回線の大部分を保有しているケースが多く、地方や新興国では代替手段が乏しいため、高コストやサービス品質に対する不満があっても利用を続けざるを得ません。こうした構造では、インフラを提供する企業がデータを一方的に管理・活用し、そこから生まれる収益を独占しやすくなります。利用者が自らの行動データをいかに活用して利益を得るかという視点は、ビジネスモデル上後回しにされがちです。
さらに、個人データの利活用拡大に伴い、GDPR(EU一般データ保護規則)やCCPA(カリフォルニア州消費者プライバシー法)など、世界各国でプライバシー保護やデータ取り扱いに関する規制が強化されています。違反した企業に対しては数千万ドル規模の制裁金が科される事例もあり、大手プラットフォーマーでも法規制との折衝が大きな経営課題となっています。しかし、規制強化によって個人がデータ活用から得られる利益が直接増えるわけではなく、むしろプラットフォーマーやインフラ事業者の独占的立場を固定化する懸念も指摘されています。こうした背景から、ユーザーが自らのデータを管理し、利用の可否や対価の受け取りを主体的に決定できる仕組みが求められているのです。分散型アーキテクチャやインセンティブ設計を取り入れ、利用者にデータ主権を取り戻す動きが進むことで、少数企業による中央集権的なデータ管理の弊害を緩和し、より公平なデータエコシステムが実現すると期待されています。
DePINの必要性:
そこで、私たちはデータ格納インフラをより多くの人が分散的に管理できる仕組みを作ることで、この集中化の問題を回避し、個人のデータ主権が確実に個人に帰属できる仕組みを構築していきます。これは単にデータを多拠点に保管するだけではなく、データ所有者自身がアクセス権や使用用途をコントロールし、公正な報酬を得られるようなインセンティブモデルを設計することが重要です。そのためには、少数の大手企業だけでなく、地域コミュニティや個人レベルでも運営に参加できる分散型の物理インフラネットワークが不可欠となります。これがまさにDePIN(DEcentralized Physical Infrastructure Newtork)と呼ばれるエコシステムです。
DePINでは、ブロックチェーン技術を中核に据え、ノード運営者がストレージリソースや通信設備を提供する見返りとしてトークンなどの形で報酬を得られる仕組みが組み込まれます。これにより、小規模な事業者や個人でもネットワーク全体のインフラ運営に参画でき、大手企業のデータ独占や寡占的な価格設定を抑制する効果が期待できます。また、ブロックチェーンの改ざん耐性によって、データ格納やアクセス履歴が透明かつ追跡可能な形で記録されるため、情報の真正性と信頼性を高いレベルで担保できます。さらに、スマートコントラクトを活用することで、データの提供者と利用者の間で合意された条件が自動的に執行されるため、データ活用における収益分配やプライバシー保護を公平かつ明確に実現できます。
このように、物理インフラそのものを分散化しつつブロックチェーン技術と組み合わせるDePINアーキテクチャが整備されることで、個人のデータが本来持つ潜在的な価値が正当に評価・還元される未来が見えてきます。従来の中央集権型システムでは解決しきれなかったデータ独占やプライバシーの問題を克服し、誰もが自分の意思でデータを管理し、経済的利益を享受できるエコシステムを構築するうえで、DePINは必須の要素と言えるのです。
各サービスからデータは本当に提供されるのか?
ここまで読んで、各種のデータの提供側であるサービス側は、データを囲い込みたいのではないか。分散型のデータインフラは使われないのではないか。という懸念をお持ちの方もいらっしゃるかもしれません。しかし、私たちはサービス側にとってもメリットのある仕組みを提供することで、データの共有を進める設計でこの問題を克服しています。
現状、多くのサービス事業者はユーザーの行動データを自社サーバーやクラウド上に保管し、保守・運用を行っています。しかし、ユーザーベースの拡大やデータ形式の多様化に伴い、ストレージ容量やサーバー設備、セキュリティ対策、規制対策へのコスト負担は年々増大しているのが実情です。DEAP Networkでは、分散型の物理インフラを活用して大容量のストレージを複数ノードに分散配置するため、従来の集中型クラウドと比べても保管コストの抑制が見込めます。また、冗長性の確保や自動バックアップ機能がネットワーク上で標準化されているため、事業者側で追加のメンテナンスコストを負担する必要も最小限に抑えられます。
データの集中管理には、単一障害点(Single Point of Failure)が発生しやすく、大規模な情報の漏えいやサービスダウンのリスクも高まります。さらに、欧州のGDPRや米国のCCPAなど、個人情報保護の法的要件が強化されるなか、データを安全に保管・処理することは企業にとって大きな負担となっています。DEAP Networkの分散型ストレージは、複数ノードへの暗号化分散配置やブロックチェーン上の改ざん耐性によって、これらのリスクを大幅に低減します。加えて、一定のポリシーをスマートコントラクトで設定することで、アクセス権限やデータの使用条件、利用履歴管理を自動化でき、法規制対応の工数も削減可能です。
近年のユーザーは、企業が自分たちのデータをどのように取り扱っているかに敏感になっています。プライバシー保護とデータ主権を尊重する姿勢を示すことは、企業のブランドイメージを高めるうえで重要な要素となっています。サービス事業者がDEAP Networkを活用していることを明示すれば、「ユーザーが自らのデータをより安全に管理でき、かつ自身のデータに対して正当なリワードを得られる仕組みを提供している」というメッセージを打ち出せます。これにより、既存ユーザーの信頼を高めるだけでなく、プライバシー意識の高い新規ユーザーの獲得にもつながります。
また、DEAP Networkでは、データが利用される際、そのデータを収集・提供したサービスプロバイダーにも報酬が還元されるインセンティブ設計を備えています。従来は「ユーザーの行動データを収集しても、それを有効活用できなければ維持コストばかりがかかる」というジレンマがありましたが、DEAP Network上では、提供したデータが分析やAI学習、他企業との連携に利用されるたびに事業者へトークンなどの形で収益が入ります。こうした仕組みは、単にユーザーデータを抱え込むだけでなく、それを活用する段階でも事業者が新たな価値を得られるという点で、将来的なビジネスモデルの拡張を可能にします。
さらに、分散型インフラは、異なる企業や組織同士のデータ連携をスムーズにする利点があります。サービス事業者がDEAP Network上にデータを格納すれば、他の関連企業や研究機関が必要なデータへアクセスする際の手続きが簡易化され、共同プロジェクトの立ち上げや新サービス開発が加速します。そのうえ、スマートコントラクトによって透明性の高い収益分配を実現できるため、複数のステークホルダーを巻き込みやすいのも特徴です。結果として、事業者は自社だけでは到達できなかった新たな市場やユーザーベースへのアクセス機会を得ることができます。